信念を胸に、世界チャンピオン目指して
自分自身との戦いに勝つ
「熊大にプロの女性キックボクサーがいる!」と聞いて、訪れたのは神風塾本部(熊本市南区)。広いジムの中で、熊本大学教育学部生涯スポーツ福祉課程1年?千代森 莉央さんが、黙々とシャドーボクシングを続けていました。見えない敵に向かって闘いを挑むように激しくパンチとキックを繰り出す姿は、まさに格闘家。「鏡の向こうに仮想の敵がいるというよりも、敵は自分自身です」と千代森さんは語ります。
千代森さんがキックボクシングを始めたのは高校1年の頃。母の薦めで友人と一緒にジムに入塾しました。「最初は、ダイエットが目的で始めたんですよ」と笑う千代森さんは、ごく普通の女の子。幼い頃にはクラシックバレエを習い、中学時代にはバスケットボールに夢中で、プロのボクサーになろうなんて夢にも思っていませんでした。
千代森さんにとって転機は、高校1年の秋に観戦した女子キックボクシングのプロの試合。「生のキックボクシングを目の当たりにして、衝撃を受けたんです。パンチやキックの音とその迫力!そのときに、私もプロのリングに立ちたいと思い、プロ養成コースへの転向を決めました。それからはただひたすら、1日も欠かさず毎日練習しています」。
柔軟体操から始まり、縄跳び?シャドーボクシング?サンドバッグ?ミット打ちなど、練習時間は毎日2~3時間。ジムの休日には、大学周辺のロードワークで汗を流します。「きつい練習を続けることは自分との闘い。試合に出るからには絶対勝ちたい!それには、自分自身に勝つことが第一歩なんです」と、千代森さんの力強い言葉がジムに響きます。
腫れ上がった顔、完全な自分自身への敗北感
入塾から約3カ月、千代森さんはアマチュア選手として、初めての試合を迎えました。得意技は、クラシックバレエで鍛えたしなやかな体から繰り出す前蹴りとかかと落とし。リングに立った千代森さんは、伸びのあるジャブや強烈なキックを放ち、見事初勝利を納めました。しかし「リングに立っていた時間は、たったの2分なのに、終わった時のきつさはトレーニングとは比べ物にならないくらい、半端なかったですね」と、試合に勝ったことよりもその厳しさを知りました。しかし、厳しさを体験したことで「自分が目指しているプロの世界が垣間見えた気がしました。」と、さらにキックボクシングにのめり込んでいったのです。
プロを目指すトレーニングは、当然厳しさを増します。通常のトレーニングに加わるのが“部位鍛錬”。打たれ強く堅い筋肉を作るために、先輩に腹部や足を蹴ってもらい鍛える訓練です。泣きながら向かっていくその根性は、並大抵ではありません。「アマチュアの試合は、ある種の自己満足。自分が試合に出ることで満足できるんですけど、プロの試合は違います。結果を残すのがプロ。厳しくて当たり前なんです」。
そして、最初の関門はプロテスト。ちょうど高校のクラスマッチと重なってしまったものの、プロテスト前とあってクラスマッチへの参加を休ませてもらうなど、級友たちも全面的にバックアップ!極限の緊張の中で筆記試験を受け、次は実技試験。「体が重い。ディフェンスは?攻撃は?」脳裏をそんな思いがよぎるたびに、不安が募り、試験が終わると泣いてしまったほどです。「どうか合格していますように―」千代森さんや周囲の人々の祈りが現実のものとなり、見事合格。いよいよ舞台はプロのリングへと移ります。
デビュー戦は2010年12月に行われた「火の国最強伝説 LEGEND 1」。観客でいっぱいに埋め尽くされた益城町総合体育館メインアリーナで、 “神風莉央”が誕生しました。対戦相手は、当時女子キックボクシング「J-GIRLS」バンタム級6位の谷村郁江選手。善戦するものの、3-0で判定負け。「熊本のみんなの前で堅くなってしまい、日頃の力を発揮することができなかった」その思いを引きずるかのように、2戦、3戦も判定負けに喫しました。特に3戦では、人相が変わってしまうほど顔が腫れ上がり、敗北感に打ちひしがれてしまったのです。
キックボクサーは武道家であれ
「アマチュアでは攻撃さえすれば勝てたけれど、プロには戦略が必要」―。千代森さんは、試合を重ねるたびにさまざまな気付きを得ていきました。「私の課題は、精神力。自分に情けない思いが積み重なり、自分が変わるしかない!と思ったんです。それには練習しかない」と、ただトレーニングに没頭する毎日でした。
そんなときにシュートボクシング(*)に挑戦しないかという声が掛り、試合に出場。“シュートボクシングの女王”と称される高橋藍選手を相手に好戦し、次の試合では「J-GIRLS U-15」ミニフライ級王者?聖☆羅選手を相手にバックドロップを炸裂し、“シュート”初勝利を手にしました。 “神風莉央”は、現在SB女子バンタム級3位の押しも押されぬプロファイターへと成長したのです。
千代森さんは今、トレーニングの傍らでキッズボクシングの指導も行っています。子どもたちの表情は真剣そのもの。“莉央先生”の厳しい声に触発されるかのように、ミットへキックを叩きこんでいきます。「子どもたちに一番厳しいのは礼儀ですね。キックボクシングに限らず、勉強やつらいことが起きた時に、耐えて乗り越える力を付けてほしい。“一生懸命”が大切だと信じて、指導しています」。
「キックボクサーは武道家であれ」が、神風塾の教えです。「自分の信念を持ち、 “一生懸命”最善を尽くすことが使命」―それは人生の指針ともいえるでしょう。「チャンピオンになる」という目的に向かい、千代森さんは着実に前へ進んでいます。
*シュートボクシング???キックボクシングの技に加え、投げ技や立ち関節技が認められている立ち技の格闘技。
(2013年1月23日掲載)
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