建築という種まきで“まち”を育てていく
居心地よい“まち”のような建築を目指す
健児くん(以下:◆):先生が建築の道に進んだきっかけは何ですか?
田中:通っていた高校の校舎が、さまざまな形の建物が複合した“まち”のようなつくりをしていたんですよ。フリースペースなどの余白も多く、勉強や好きなことに没頭したり、先生の目の届かない所でいろいろ遊んだりと、学生が思い思いに校舎を使い、生き生きと学生生活を楽しんでいました。そこで、建築って自分たちがいる環境をつくり上げていくことなんだと、良くも悪くもすごく影響力のある環境づくりなんだということに気付き、建築に関心を持ちましたね。
その母校を設計した早稲田大学?穂積信夫教授(当時)の「一能に秀でた人材を育てるには、教育と同じように個性が発揮できる環境がなければならない」という考え方に大きな衝撃を受けて、大学では穂積研究室の門を叩きました。
◆:研究室ではどのようなテーマを専攻されたのですか?
田中:「多様性のある建築」に重点を置いて設計を行っていました。私の理想的な建築は、どんな場であっても“もとからそこにあったかのような”建物や空間をつくりだすこと。個性ある建物を並べれば多元的空間は生みだすことができますが、多様性の中にも統一感?一貫性がなければ人が心地よいと感じる環境をつくりだすことはできません。
穂積先生の当時のテーマを踏襲し、現在は、一つの建築の中に多くの人でにぎわう場があったり、人々が行き交う通路があったり、一人でゆっくりと過ごせる場所がある“まち”のような建築をいかに合理的に創造できるかを追求しています。
2005年から続く熊本駅周辺都市空間デザインの核もまさにさまざまなシーンに順応するような“まち”の創造でした。
対話を重ね、理想的な都市景観を実現
◆:「熊本駅周辺地区」の「都市景観大賞」受賞では、自然や人々のつながりを生みながら水や緑が溢れるゆとりある空間を実現した総合的なデザインが高い評価を受けました。
田中:熊本駅前は、県内外の多くの人が行き交う熊本県の玄関口であり、昔から人々の営みが続く暮らしの場です。駅や公共施設、生活空間などの多様な顔を表現しつつ、周辺に建設されたデザイン性の高い建築物がきちんと個性を発揮しながら、一つの“まち”としてまとまりのある空間をつくりだすことに最も留意しました。
◆:今回のプロジェクト成功のカギは?
田中:行政や周辺住民、企業の方々と100回以上にわたるワーキングと呼ばれる調整会議を根気強く行いました。街路の配置計画などの大きなスケールから、歩道と並木の隙間幅や、市電の防護柵の色?素材などの細かいところまで、素人?専門家の垣根を越えて膨大な時間をかけて対話を繰り返しましたね。そこまできめ細やかに詰めていかないと、“まち”のまとまりや統一感を表現することはできないんですよ。そういった途方もない作業を諦めずに形にしようという人々が集まったことがとても幸運でした。住民の方々も行政も、そして我々専門家も誰もが諦めずにやり遂げた結果が今回の受賞につながったのだと思っています。
本プロジェクトは2005年から2018年までの長期にわたり現在も進行中です。建物や景観は暫定形としていったん完成しましたが、今後の駅の役割や“まち”の特色は周辺の民間企業や住民の方々が何十年もの歳月をかけてつくりあげていきます。今は、まだ見ぬ駅前の理想像に向けて、皆さんで種をまき、水を与えている段階です。
今後は、駅前のイメージや景観を崩すことなくくまもとの皆さんと共に熊本駅前周辺を理想的な空間へと育てあげていきたいですね。
“まち”全体が輝く、くまもと創造へ
◆:先生にとって建築学の魅力とは?
田中:土木や景観、法律や社会学まで、人々の生活全てと関連する建築学は、一生学び続ける学問だと思っています。プロジェクトを通して実践的に他分野に触れ、知識を蓄えていますね。
今回、土木分野との連携の中で、検討を重ねる程に建築は形が成熟し、モノが増えていく傾向があるのですが、土木は不必要なものが削られ、だんだんモノがなくなっていくことに気付かされました。こういった発見から得た知識を建築に応用することはできないだろうかと考えるようになりましたね。
土木やランドスケープなどが複合的に作用して今までにない都市景観を生み出すように、環境づくりの一端を担う建築も、もっと社会に拓いて、新たな建築の在り方を考えていく時だと思います。
さらに、環境やエネルギー問題に関心が高まる中、それらの解決につながるデザインも突き詰めていきたいですし、若手建築家が他の学問領域と連携して、これまでの概念にとらわれない新たな建築に挑戦しているのを見ると、大きな刺激を受けますね。
くまもとは、豊かな森や水資源、肥後もっこすに代表される県民性など、地域の特性がはっきりしているのが魅力です。何よりも皆さん、自分の住む“まち”に誇りを持って生活しているところが、くまもとの魅力を物語っていますよね。そういったくまもとのよさを最大限に生かしながら、一つの建物が建つことで“まち”全体がよりよくなるような建築を、くまもとの地に創造していきたいですね。
◆:新たな建築学から生まれていく未来のくまもとが楽しみです!ありがとうございました。
(2013年7月31日掲載)
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