生物の環境適応の仕組みを遺伝子レベルで解き明かす

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エネルギー代謝の切り口から見えた、新たながん治療の道

image02.jpg 健児くん(以下:◆):今回発見された肝細胞がんに関する発見ですが、どのような発見だったんですか?
日野:あらゆる細胞にとって重要な「代謝」という活動があります。いわゆる、栄養分をエネルギーに変換する仕組みです。がん細胞は独特のエネルギーの作り方をしていることがわかっています。これは、がん細胞が体内のあらゆる環境で増えていくためのエネルギー戦略なのですが、この活動を遺伝子レベルでオーガナイズしている遺伝子が、今回研究したLSD1という分子です。これが肝細胞がんの腫瘍形成に関わっているということを発見しました。
◆この発見は、今後のがん治療等にどのように関わっていくのでしょうか。
日野:LSD1は遺伝子を制御している酵素です。酵素にはその機能を阻害する化合物が存在していますので、がんを治療する際、このLSD1を標的とすることで、がんの治療につながる可能性があります。もう一つは、がん幹細胞への影響によるがんの根治です。これを取り除かなければ、がんは完治せず、再発の可能性はなくなりません。がん幹細胞は抗がん剤にも強いといわれており、治療はとても難しいのですがLSD1は、がん幹細胞の環境に応じたエネルギー戦略を生み出している可能性がありますので、LSD1を制御することががん根治につながることになるのではないかと期待しています。
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遺伝子レベルで、環境適応の仕組みを明らかに

image04.jpg ◆先生は、なぜ、現在の研究に携わられるようになったのですか?
日野:私の研究目標は、遺伝子レベルで、生物がどのように環境に適応してきたか、その仕組みを明らかにしたいというものなんです。例えば温度や酸素の量、人間関係や栄養状態などの環境ストレスは、脳だけでなく全身のあらゆる細胞が覚えている可能性があり、それにより生活習慣病などの疾患も作られていると考えられています。私たちの体には数兆個の細胞があります。すべての細胞は同じ遺伝子を持っていますが、皮膚、内臓、骨など明らかに違う働きをする細胞になっていきます。これは、各細胞により遺伝子の使い方が決まっているからです。どの遺伝子を使い、どの遺伝子を使わないのかを決めているのが「エピジェネティクス」というシステムです。一方で、「こういうストレスにさらされたから、この遺伝子を使おう」というように、フレキシブルに使われるという性質もあるんです。この両方を可能にするのもエピジェネティクスの働きによるものです。このエピジェネティクス機構が環境適応でどのように使われているのかを明らかにする研究の一環として、取り組んだのが、がん細胞のエネルギー戦略の仕組みを明らかにする研究でした。

「仕事」だからこそ多くの人に役立つ研究を

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◆そもそも、エピジェネティクスに興味をもたれたきっかけは?
日野:大学時代は動物栄養学を研究していて、栄養摂取と代謝の仕組みを遺伝子発現も含めて研究していましたが、院生のときにレトロウィルスの研究をしていて、エピジェネティクスに出会いました。この2つが融合する形で、栄養を含めた環境ストレスがエピジェネティクスという機構をとおして、どのように遺伝子に記憶されていくかを明らかにしたいと思うようになりました。
私にとって、研究とはそのものに魅力があるものです。当たり前だと思っていることが当たり前ではないということを明らかにしたい、というのがモチベーションの一つになっています。でも、研究は好きなのですが、同時に「自分の仕事である」という認識があって初めて意味のあるものになるとも思っています。だからこそ、多くの人にとって価値のあることを、責任をもってやっていかなければならないんです。
◆学生の皆さんに一言。
日野:研究に携わる全ての人に、専門性と独創性があるんです。独創性は自分がたどってきた経験から生まれます。いろいろな経験をもった人が集まるからこそ、一緒になったときに1人ではできない仕事ができるのではないかと思います。みんな発想が違うはずなので、私の能力の限界がチームの限界にならないようにしたいですね。研究室に入ったときから、みんな研究者の1人であるという自覚をもって、自由にアイデアを出していってもらいたいと思います。
(2016年1月7日掲載)





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