インスリン作用の解明から開発する糖尿病の新たな治療法

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先進的な糖尿病研究で、糖尿病予備群にも対処

健児くん(以下◆):日本医師会医学賞受賞おめでとうございます! 今回受賞された糖尿病の治療法について、教えてください。
荒木先生:ありがとうございます。今回、受賞した研究テーマは「糖尿病病態の分子生物学的解析と新規糖尿病治療法開発への応用」です。その中の新規糖尿病治療法は、熊本大学薬学部の甲斐広文先生との共同研究で、40~42度のほどよい温熱と微弱なパルス状の電流を同時に付加することで、インスリン抵抗性がよくなる、ということを証明したものです。糖尿病は、インスリンというホルモンが十分に出ない、出ているけれど、十分に効果が発揮できていない、という分泌と作用の二つの障害が原因になっています。インスリンが正常な働きを失うことをインスリン抵抗性といいますが、熱と電流を与えることで、糖尿病ではないメタボの方も、インスリン抵抗性がよくなり、内臓脂肪が少し減少しました。メタボの状況など、早期に介入することができれば、薬を飲まなくても治療できるようになる可能性もあると考えています。今後は、大規模な臨床研究を行って2型糖尿病の一般的な治療法になるよう、有効性を確認していく予定です。

◆:熊本大学は糖尿病の研究で、世界から注目されているそうですね。
荒木:現在私がいる代謝内科学教室は、内科の中でも糖尿病代謝学、内分泌学が主な研究テーマです。熊本大学では、以前から先進的な糖尿病研究が行われていました。前任の七里元亮先生は人工膵臓の研究で知られています。今、日本にあるベッドサイド型の人工膵臓は、七里先生のグループの研究が大きく貢献しており、世界でも一種類だけの人工膵臓になっています。また、糖尿病の合併症防止に厳格な血糖管理が有効である、ということを証明した熊本スタディという研究も、熊本大学で行われた素晴らしい研究です。
私が熊本大学大学院に進学したのも、糖尿病研究の一環としてインスリンの受容体の機能を調べるという研究をするためでした。インスリンは、血糖値を下げる以外にも多様な作用をいろいろな臓器で発現するホルモンです。なぜ、一つのホルモンがそのような多くの作用を持つのかについては、長く謎でした。私たちの研究で、インスリンがインスリン受容体に結合し、受容体にあるチロシンキナーゼという酵素の活性が高まることで、インスリンの作用が伝わっている、ということがわかりました。その後、いくつかの蛋白がインスリン受容体のターゲットとして存在し、微妙なインスリン作用の調節を行っているということもわかりました。
最近のデータでは、日本の中でも熊本は、空腹時の血糖値が高い人が多いということがわかっています。糖尿病にはなっていないけれど糖尿病予予備群という人が多いのです。こういう人が糖尿病を発症することがないよう予防したり、早期の対応で治療できるよう、インスリンの働きを知り、改善する方法を開発することが大切なんです。
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糖尿病の治療に役立つことを意識して研究を続ける

◆:先生がインスリンの研究を始められたきっかけは?
荒木:私は熊本生まれで、生活習慣病を中心とした診療で開業しようと思って熊本大学医学部に進学しました。医学部を卒業して三年目の終わりに、そのときの教授から「熊本大学の基礎の大学院でインスリンについて研究する人を探しているから行ってみませんか?」と言われて、インスリン受容体の機能を調べる研究を始めたんです。始めてみたら、とても面白くて。「留学もしてみては?」と誘われて、2年間、アメリカのハーバード大学医学部ジョスリン糖尿病センターに留学しました。ここでは、インスリン受容体のターゲットIRS1のクローニングを行い、インスリンが多様な作用を発現する謎を解明しました。日本に帰ってからは、糖尿病患者の90%以上を占める、2型糖尿病の原因に遺伝子異常が関係していないかを調べて、IRS1という遺伝子の異常、多型がインスリン作用を障害しやすいような体質を生み出すということにたどり着きました。最初は否応無し、だったかもしれませんが、一つがわかると次の謎がでてきて、面白くなって続けてきた、その結果が今につながっています。
研究を続けている、とはいえ、もともとは臨床の教室なので、週に3日は診療に関わっています。患者さんのお話を聞いたり、病状をよく考えたりすることは、新しい診療や治療方法の開発に直接つながるヒントになります。実際に患者さんとのやりとりの中で研究テーマが見つかることもあります。臨床家として、常に患者さんのことを頭に描き、患者さんのためにどう役に立つかを考えながら研究することは重要です。基礎研究の発展を活かして、それを臨床に活かしていく。ベッドサイドからベンチ、ベンチからベッドサイドという循環がうまく回るように流れを作っていかなければならないとも思います。
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食生活も含めた、オーダーメイドの予防、治療を目指す

◆:今後は、どんな研究を進められるのですか?
荒木:一つには、今回開発した新たな治療法を、多くの人に使っていただけるようにしていきたいと思っています。臨床研究を重ねて、負担なく、治療ができれば一番ですよね。
もう一つは、糖尿病になりやすい、なりにくいといった体質にあわせた、予防法や治療法を確立することです。人間の遺伝子の中には、ある病気になりやすい、なりにくい、を決める疾患感受性遺伝子と呼ばれるものがあります。糖尿病に関して言えば、100個近く、疾患感受性遺伝子が見つかっていて、遺伝的な個性として、糖尿病になりやすいかどうか、がわかってくる時代になってきているんです。そういった情報も考慮しながら、患者さん一人ひとりにあった、オーダーメイドの予防、治療をやっていく必要があるんじゃないかと思っています。

◆:先生はブルーサークルメニューも推進されていますよね!
荒木:ブルーサークルメニューとは、2013年に熊本で日本糖尿病学会を開催したことを機に始めた事業です。ブルーサークルとは、糖尿病の世界共通のシンボル。糖尿病に立ち向かおうという思いを込めたマークで、これにちなんでブルーサークルメニューと名付けました。当時から熊本には肥満の人、血糖値が高い人が多かった。だからこそ、糖尿病に関する知見をもっていただき、食生活を見直すきっかけにしてほしいと思ったんです。幸い、熊本県や栄養士会の協力も得られ、現在も続いています。
特徴は、糖尿病の食事療法に準じたランチメニューで、1食600キロカロリー未満、塩分が3グラム未満、糖質、脂質、蛋白のバランスがいい、といった基準をクリアしていることです。レストランなどのシェフが考案したメニューを、病院の栄養士がチェックして改善し、私たちが承認しています。現在、熊本県全体で100メニュー以上が提供されています。糖尿病の患者さんや予備群の方はもちろん、体重がちょっと気になっているという人やカロリーを控えたいという人にも、安心して食べていただけるメニューばかり。もちろん、とってもおいしいんですよ。
こういうメニューが提供されていることを知ってもらうことで、食生活の改善に興味をもってもらえれば、将来、生活習慣病の予防にも役立つでしょう。こういった社会的な活動も、大学の使命だと考えています。

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いろいろな人に出会って、つながりを作ろう!

◆:学生の皆さんに一言お願いします!
荒木:熊本大学の学生さんにも、これから熊本大学に入る学生さんにも、自分に自信をもってチャレンジしてほしい、と思います。みなさんにはいろんな選択肢があるし、いろんな方向に進む可能性がある。私自身、大丈夫かな、と思いつつ研究に進みましたが、結果、面白くて、今につながっています。どんなことも、やってみなければ、できるかどうかはわかりません。難しい、困難だ、と思う方向にこそ、ぜひ、挑戦してもらって、困難を乗り越える面白さを実感してもらいたいですね。
そして、もっともっと、世界に羽ばたいてもらいたいです。留学はその一つの方法。留学はとても楽しいです。いろいろな国の人に会うことができます。日本と世界の常識が違うことを肌で感じることができます。世界中に友だちができて、自分の世界も大きく広がります。そのつながりが、きっと、自分を助けてくれますよ。

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(2018年3月22日掲載)
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マーケティング推進部広報戦略室
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