ミトコンドリアから細胞核への逆行性シグナリングと標的遺伝子の解明-ミトコンドリア機能不全の早期診断?制御法を目指して-
【ポイント】
- 核内の遺伝情報(ゲノムDNA)によりミトコンドリア機能が調節される仕組み(順行性シグナル)はよく知られていますが、ミトコンドリアの機能変化が核に伝わる仕組み(逆行性シグナル)はよく分かっていません。
- 肝臓細胞のミトコンドリアが機能不全に陥ると、AREG※1などの分泌タンパク質の遺伝子発現が増加して、AREGの産生?分泌が誘導されることを明らかにしました。また、その仕組みはc-JUNやYAP1※2により細胞内シグナリングが活性化されて起こることが分かりました。
- 非アルコール性脂肪肝炎(NASH)のマウス肝臓において、ミトコンドリア機能不全とともに、AREGの遺伝子発現が増加することが判明しました。ヒト検体でも同様の傾向を認めることから、ミトコンドリア機能不全が関わる生活習慣病や加齢性疾患のメカニズムの解明と早期診断?制御法の開発につながることが期待されます。
【概要説明】
熊本大学発生医学研究所細胞医学分野の中尾光善教授、日野裕子技術支援者、日野信次朗准教授らは、網羅的な遺伝子発現解析技術を用いて、ミトコンドリア機能不全に陥った肝臓細胞はc-JUNとYAP1により細胞内シグナリングを活性化して、AREGなどのタンパク質を産生?分泌することを初めて発見しました。c-JUNとYAP1は細胞内外の環境の変化に応答して標的遺伝子のはたらきを調節する転写因子です。また、AREGは細胞の増殖などを調節する分泌タンパク質です。本研究により、ミトコンドリアにストレスを受けた細胞は、特定のタンパク質を産生?分泌する状態(分泌表現型)に転換して、周りの細胞にメッセージを出すことが分かりました。
一方、特に近年増加している「非アルコール性脂肪肝炎」(NASH:ナッシュ)や「非アルコール性肝疾患」(NAFLD:ナッフルド)の発症には、肝臓細胞のミトコンドリア機能不全が密接に関わることが知られています。それらのモデルマウスおよびヒトの肝臓検体を調べたところ、ミトコンドリア機能を調節する転写因子TFAM※3の発現が低下しているとともに、AREGの遺伝子発現が増加していることを確認しました。
今回、ミトコンドリア機能不全に陥った肝臓細胞が分泌表現型に換わるメカニズムを明らかにしたことから、ミトコンドリアから細胞核への逆行性シグナルと標的遺伝子の解明が進みました。本研究成果により、ミトコンドリア機能不全で誘導される病態について、AREG等の分泌タンパク質を用いた早期診断?制御法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、文部科学省科学研究費助成事業、内藤記念振興財団研究助成、武田科学振興財団研究助成、熊本大学発生医学研究所高深度オミクス事業研究助成などの支援を受けて、英国の遺伝学専門誌「Nucleic Acids Research」オンライン版に英国(GMT)時間の令和4年9月12日【日本時間の9月13日】に掲載されました。
【用語解説】
※1:AREG
細胞の増殖などを促進する分泌タンパク質(サイトカイン)。ミトコンドリア機能不全との関連性は知られていなかった。
※2:c-JUN, YAP1
c-JUNはストレス応答にはたらく転写因子。YAP1はTEADとともに環境の変化に応答する転写因子。両者の機能はリン酸化で制御されている。
※3:TFAM
Mitochondrial transcription factor A。核ゲノムにコードされてミトコンドリアDNAの転写と複製、ミトコンドリアの代謝調節を担う転写因子。
【論文情報】
論文名:Mitochondrial stress induces AREG expression and epigenomic remodeling through c-JUN and YAP-mediated enhancer activation
著者:Yuko Hino, Katsuya Nagaoka, Shinya Oki, Kan Etoh, Shinjiro Hino*, and Mitsuyoshi Nakao*(*責任著者)
URL:https://doi.org/10.1093/nar/gkac735
【詳細】 プレスリリース(PDF756KB)
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お問い合わせ
担当:教授 中尾光善(なかお みつよし)
電話:096-373-6804
E-mail:mankao※gpo.kumamoto-u.ac.jp
(※を@に置き換えてください)