抗糖尿病薬メトホルミンの新作用!ー非糖尿病型の慢性腎臓病(ND-CKD)の病態進行を抑制するー

【ポイント】

  • 慢性腎臓病(CKD)は、末期腎不全へと進展し、最終的には、透析療法や臓器移植に至る病気であり、患者の生活の質(QOL)や医療経済的な観点から、病気の進行を抑える薬が強く求められています。
  • 本研究では、安価で、古くから安全に使用されてきた抗糖尿病薬メトホルミンが、非糖尿病型の慢性腎臓病(ND-CKD)モデルマウス(アルポート症候群モデルマウス)における腎臓病態の進行を抑制することを発見しました。
  • モデルマウスの詳細な遺伝子発現解析の結果、メトホルミンの作用は、血圧を低下させるとともにタンパク尿を抑制する既存の治療薬であるロサルタンと異なる作用機序により、治療効果を発揮することを見出しました。さらに、両薬剤の適切な併用により、モデルマウスの腎病態および生存期間を有意に延長することが見出されました。
  • 現在、メトホルミンは、乳酸アシドーシスという副作用発現の観点から、重度の腎機能障害患者に対しての投与は禁忌ですが、軽度から中等度の腎機能障害患者には、慎重投与により可能です。本研究により、今後、安全性に考慮することで、有効性や費用対効果に優れたメトホルミンを慢性腎臓病患者に対する(古くて、でも)新しい薬として活用する意義が示されました。

【概要】

 熊本大学大学院生命科学研究部(薬学系)、遺伝子機能応用学研究室の甲斐広文教授を中心にした同大学の研究チームは、ワシントン大学医学部セントルイス校、ジョージア州立大学生物医学研究所との共同研究により、抗糖尿病薬メトホルミンが、非糖尿病型の慢性腎臓病(ND-CKD)の病態を模擬するモデルマウスにおいて、腎機能の低下、糸球体障害、炎症?線維化などの病態を改善し、マウスの生存期間を有意に延長することを見出しました。また、メトホルミンの作用機序は、既存の治療薬(対症療法)であるロサルタン(血圧を低下させる薬)とは、異なるものであることも明らかとなり、メトホルミンと既存の治療薬の併用により、効果的な治療が見込める可能性を見出しました。

 慢性腎臓病(CKD)は、腎臓が障害を起こすことで、タンパク尿や腎臓が炎症?線維化し、腎機能の低下が持続している病態の総称で、進行すると患者は透析を余儀なくされ、著しいQOLの低下や、医療経済の圧迫に繋がります。CKDの中でも、糖尿病は危険因子の一つです(糖尿病性腎症)。一方、高血圧、運動不足、喫煙、高尿酸血症などの生活習慣や、腎臓関連遺伝子の変異などとも関連して起こることが知られており、このようなCKDを非糖尿病型の慢性腎臓病(ND-CKD)と分類し、その治療法の開発が求められています。

 甲斐教授らは、ND-CKDのモデルとなる難病の一つであるアルポート症候群に着目し、研究を実施しました。アルポート症候群は、遺伝性の腎臓病で、ND-CKDの一つです。現行の治療は、タンパク尿を抑制する目的で、血圧を低下させるとともに(糸球体過剰濾過による)タンパク尿を抑制する薬物であるロサルタンなどによる治療(対症療法)が主流であり、病気を根治する薬は存在しません。したがって、最終的に患者の大半は末期腎不全への移行を余儀なくされます。実際、原因遺伝子が明らかとなっているにもかかわらず、病態進行過程には未だ不明な点が多いことが問題でした。今回、甲斐教授らは、アルポート症候群と同じ遺伝子変異を有するND-CKDモデルマウスの腎臓において、メタボリックシンドローム等で問題となるような「代謝異常」が引き起こされていることを突き止め、既存の糖尿病治療薬メトホルミンがND-CKDの腎臓の病態の進行を食い止めることを見出しました。メトホルミンは、多くの人々に対して使用実績のある安価な治療薬であることから、アルポート症候群患者やND-CKD患者の維持療法に有用である可能性があります。

 メトホルミンは、糖尿病の治療薬として頻用されていますが、一時期は、乳酸アシドーシスという副作用発現の観点から、腎機能が低下したCKDの患者への投与は禁忌とされていました。しかし最近は、重度の腎機能障害患者のみが禁忌となり、軽度から中等度の腎機能障害患者には、慎重投与により投与できるようになりました。今回、既存治療薬ロサルタンとの適切な併用により、ND-CKDモデルマウスの腎病態および生存期間を有意に延長することも見出され、今後、安価なメトホルミンが、CKD患者に対する(古くて、でも)新しい薬として、医療経済的な観点からも期待されるものであることが示されました。本研究の成果は、Nature Pressの「Scientific Reports」に令和3年3月29日に公開されました。

 本研究は、熊本大学の大槻純男教授、三隅将吾教授、竹尾透教授らや、ワシントン大学医学部セントルイス校、ジョージア州立大学生物医学研究所との共同研究で行われました。また、本研究は、文部科学省科研費 (JP26460098、JP17K08309、JP19H03379、JP16K19642、JP15K09691、JP17H04189、JP19J15443)、the Alport Syndrome Research Funding Program of the Alport Syndrome Foundation (ASF) and the Pedersen family, Kidney Foundation of Canada (KFOC)、JSPS Program for Advancing Strategic International Networks to Accelerate the Circulation of Talented Researchers (S2803)、熊本大学リーディング大学院 HIGOプログラムの支援を受けて行われました。

【論文情報】

    • 論文名:Metformin Ameliorates the Severity of Experimental Alport Syndrome
    • 著者:Kohei Omachi, Shota Kaseda, Tsubasa Yokota, Misato Kamura, Keisuke Teramoto, Jun Kuwazuru, Haruka Kojima, Hirofumi Nohara, Kosuke Koyama, Sumio Ohtsuki, Shogo Misumi, Toru Takeo, Naomi Nakagata, Jian-Dong Li, Tsuyoshi Shuto, Mary Ann Suico, Jeffrey H. Miner and Hirofumi Kai* (*責任著者)
    • 掲載雑誌:Scientific Reports

【詳細】 プレスリリース本文 (PDF480KB)

お問い合わせ
熊本大学大学院生命科学研究部附属グローバル天然物科学研究センター
大学院薬学教育部 遺伝子機能応用学研究室
担当:(教授)甲斐広文
電話:096-371-4405
e-mail: hirokai※gpo.kumamoto-u.ac.jp
(迷惑メール対策のため@を※に置き換えております)